【資格の証明のための努力と結果を出すための努力】
結果を出すまでには真っ直ぐとイメージを作って
そのストーリーを歩まなければならない。
ずれてることをしてる人が多い。
みんなと同じことやれば成功するんじゃない。
成功することやれば成功するんだ。
成功してない人のうちの95%は、成功しないことやって成功しようとしてる。
つまり、成功とは違う道を歩んでいる。
そんでもって、それが成功するかどうかは、
結果をイメージできてるかどうかで決まる。
成功する道以外は全部失敗なんだから、
大抵の事は失敗以外に繋がっていない。
ということは、成功をイメージできない全ての道はほとんど失敗に近い。
京大生の友達で、「こーやったら合格するかなあ?
ってイメージで勉強した」って友人がいた。
イメージできてたから走れたらしい。
僕の場合はせどりで全国制覇したらこんくらいかなあ
というイメージみたいなんがあった
(結果的にそれは、月商4500万程で物理的な制約があり、
最大でも年商10~15億程の、規模が思ったより小さな市場だったが)
のでとりあえず走れるところまで走った。
ともかく、そのビジョン(=未来予想図)
がずれてなければ成功するのだけど、
一直線では難しいから、途中でマイルストン(中間地点)を欲しくなる。
問題はマイルストンを資格に置き換えたりする場面だ。
例えば、留学したかったけどそれをTOEICスコアにすり替える場面だ。
例えば、TOEIC800が必須だとして、それさえ達成したら成功みたく考えている
(そしてたいていの場合、こう言うのは申し訳ないけど、
それすら達成してない)。
確かに、必要だけど、それさえ達成したらゴールではない。
だから意識しなければならないのは、
結果を出すための努力をしてるんであって、
資格のための勉強をしてるんじゃないってこと。
確かに、TOEICスコアがあれば心強いし、学歴も全く無駄では無い。
ただ僕は資格を何か仕事に使ったこともなければ、
学歴は就職の際一度使った後、ソッコーで全部捨ててニートになった。
だからマイルストンとは自分を引き上げるのに使えることはあるけど、
それが何かを保証してくれることはないし、
またそれを頼ってても大した結果は生まない。
俺は留学するための前提として英語勉強してたけど留学も何もしてないし、
何者かになりたくて京大と院を出たけどそれは捨てて0から起業した。
マイルストンも資格もそんなもんで、
「そこまで進んだら何か見えそう」だから手にするもんで、
それが何か保証を与えてくれるなんて甘いことはない
(そして実際、何か新しい視点は拓ける)。
ついでに、TOEICで高い点数を取ったり、
自在に会話できるようになるには結構な時間と努力が必要だから、
それを犠牲にしてまで身につけたい能力なのかは、しっかり考えた方が良い。
それから、「英語ができたらカッコイイ」とか
「英語ができたら便利」とか、当たり前過ぎる。
そして「努力すれば達成できる」というのも当たり前すぎる。
大事なのは、
「自分の人生にとって、何が大事なのか」
と
「今何をやるのが、ボーリングで言うとヘッドピン、
つまり一番効果的なのか?」
といった二点。
つまり、「本当にやりたいただ一つのこと(状態)」と
「何が一番効果的で、ただ一つ打ち込むとしたら何か?」というところ。
その選球眼の結果としての人生みたいなのが深みがあって面白いし、
唯一無二の感じがするのだ。
ただ能力が高いだけでは何も面白くない。