感動は内面から来る

【感動は内面から来る】


刺激ばかり求める人生はダメだけど、
一定以上のエキサイティングさが無いと楽しくない。


それで、人生が楽しい、というのは、一緒にいる人といて、
新しく学ぶことがあるとか、刺激があるということである。


ここで、「成長したい、成長したい」と言って、
偉い人や新しい人と会いまくって、
リア充(ネット用語?)を気取ったり、
忙しく出会いの多い自分に酔ったりする。


しかしながら、実際のところ偉い人との出会いとか、
新しい人(同性、異性含めて)と出会う事には、
そんなに自分を成長させる要素は無い。


成長があるとすれば、出会いを求めて主体な動きを身につけた、
自分自身の行動の変化だけだ。


100人知り合いが増えたからといって、
他人から10倍のことを学びまくったということは無い。


本当である。


その証拠に、僕は就活時代に500件ほどアドレスが増え、
1000件しか登録できないガラケーのメルアドのデータを、
慎重に整理して件数を節約する程だったが、
その間の学びというのはそれ程ない。


確かにその時出会った友人で6年経った今でも仲が良いのが1名いるが、
たぶんたまたまタイミングとか縁が重なっただけで、
多く出会ったこととはまた別の出会いであったと思う。


また、俺の今の生活でメインに時間を使う友人は、
10年以上知り合いだったりする。


今一緒にビジネスをしてる人も、3年程前にお世話になって以来、
ずっとちょくちょくお世話になり続けているうちに
いつの間にか仲良くなったという感じだ。


決して、出会いを求めてセミナーをうろついて、
手当たり次第に名刺交換しているうちに辿り着いた
「人脈」なんてものではない。
(そして俺はネットビジネスのセミナーに行った事が無い。)


だから、出会いを求めていろいろ動き回るのは、
行動力が自分自身を変えるという目的のためだと心得るべきで、
また一生のうち一回で良いんじゃないかな。


それと、ビジネスでも人間関係でも、
付き合う相手を替える必要があるというのも、
ある種この出会いの原理に似てると思う。

結局自分が必要とするのは自分の時間が許す範囲のみ。


自分が未熟で、未熟な自分を刺激してくれる人を求めているから、
相手を替える必要があるのである。


有名人に会いたいというのもそれに似ている。
結局、ステージの高い位置から何か刺激を落としてくれると思っている。


ところが、本質的に大事なのは、刺激の解釈である。


刺激の解釈が大事な例として典型的なのは、
例えば観光地の郷土資料館みたいなとこを楽しむということである。


つまり、楽しむためには、その郷土の資料を解釈する知識が必要。


例えば、ある部族に関する郷土資料館でも、
その部族の歴史や習慣を知っているのと、
知らないのとでは楽しみ方に差が出る。


それで、人との付き合いも、知識を更新してれば、
付き合いの相手を替える必要が無い。


自分が得たことが多ければ、それをシェアすれば楽しいし、
ビジネスの話にもなる。
「今こういうことやってんですよ。」
「へー、俺はこんなことやってます」
「じゃ何かやりましょうか?」的な会話が典型。


この意味において、何か自分が新しい知識を持って望むなら、
付き合う人は同じで良い。


というか、ギブアンドテイクで
だんだん信頼関係も醸成されて居心地良くなって来るし、
話もどんどん深くなってくる。


長く付き合ってるから飽きてきたとか、
たぶんあなた学習が足りないだけじゃないですか?


そんな訳で俺はどこかで誰かの助けになりたいし、
その時のためにインプットもそれなりにしますよ、と。


で、助けを求めてきた人には、その人が行動する覚悟がある限りにおいては、
なるべく役に立ってあげたいし、それができる人間でありたいな、と。

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