結局2014年度は2人の新入社員が来た(うち1人京都大学卒)。
2015年度は京都大学で研究をしている博士2名、新卒は若干名に内定を出そうと思っている。
何だかんだで人数も増えてきた。(アルバイト入れると30人)
楽天のインターンに行っていた京大の4年生が面接に来たが、
これも結構な技術力を持っている。
今のインターンと合わせてインターンは10名弱になる。
組織作りについてはめちゃくちゃ考えるが、
都度最適な形も変わり、機会の形もかわるから、
毎日が決断の連続であり、決断のための思考の連続。
僕の仕事が決断みたくなっている。
で、僕の今やらなきゃならない事は、足りない絵の具を補う作業みたくなってる。
今の延長を頑張るんじゃなくて、何が足りないか?足りないなら補え!
みたいな感じに、僕の仕事はなっている。
現実の延長線上に理想は無いはずだから、
あるべき形を考えて、それに足りない絵の具を探す作業というのは、
間違ってる訳じゃない。
思えば、京大受験の場合も過去問を並べて教科書をその上に積んで、
それを順番に消化する作業だった。
今の経営も、絵を描いて、足りない材料を探してきて、
それを順番に消化する作業みたくなってる。
難しいのは、いろんな人が関わっているから、
人格みたいのを磨かないと、「流れ」みたいのが悪くなる。
「流れ」が良い時は、
周りの人がみんな自分に見方してくれてるみたいな感覚がある時。
それは、振り返ると、結構ポジティブに生きている時だったり、
期限良く生きている時だったりする。
逆に、「流れ」が悪い、何となくうまくいかない時も、
やはり自分のせいで、カリカリ自分は努力しているぞ、みたいな
人が付いてきにくい考え方をしていたりする。
そんな時自己反省してみると、やはり「流れ」には自分なりの原因があって、
また自分の人格に振り返って性格や考え方、
人間関係における原理原則を微調整しながら、また実践する。
経営そのものは自己分析みたくなっていることもあるが、
あとは経営の理論書などを読んで、
(書いてない事も多いので、自分で発見する必要があったりするが
目指している数十億レベルの姿は、一般書籍としては出回らないのだろう)
分析を続ける。
その結果出てきた仮説を、また会社に持って行って実行する。
経営とはそんなもんだと思ってる。
あと半年で30歳なので、10年かけて世の中に
良いインパクトを与えられる会社に仕上げていきたい。